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レオーネ・スタイルの頂点を極めた一大叙事詩2時間45分【オリジナル版】日本初公開
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』(1968)は、クリント・イーストウッド主演『荒野の用心棒』(1964)、『夕陽のガンマン』(1965)、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(1966)の通称【ドル3部作】で3年連続イタリア年間興収NO.1を記録し、全世界にイタリア製西部劇=マカロニ・ウエスタン ブームを巻き起こした巨匠セルジオ・レオーネが、アクションの面白さを極め尽くした前3部作とは大きく方向性を変え、自らの作家性を前面に打ち出した野心作。若き日のベルナルド・ベルトルッチ(『ラストエンペラー』監督)とダリオ・アルジェント(『サスぺリア』監督)を共同原案に抜擢したレオーネは、ルキノ・ヴィスコンティ監督『山猫』を下敷きに、女性主人公ジルの目を通し、移り変わる時代と共に滅びゆくガンマンたちの落日を、スタイリッシュかつ重厚壮麗なバロック的演出を駆使して描き、それまでのマカロニ・ウエスタンともハリウッド製西部劇ともまったく似て非なる、異形の超大作として完成させた。そしてエンニオ・モリコーネ(『アンタッチャブル』『ニュー・シネマ・パラダイス』)作曲・指揮による名曲の数々が、この一大叙事詩を感動的に彩った。
1969年の初公開時、欧州各国では高い評価と共に大ヒットを記録。特にパリでは歴史的ヒットとなり、2年にわたってロングランされ、現在もフランス興行史上トップテン内に留まっている。一方アメリカではレオーネの意図はまったく理解されず、オリジナル版から20分短縮され、批評、興行ともに惨敗。日本では米公開版をさらにカットした2時間21分版が公開され、アメリカ同様批評家から無視された。しかし70年代以降、海外ではその評価は年々高まり、スタンリー・キューブリック、ヴィム・ヴェンダース、ジョン・ブアマン、ジョージ・ルーカス、マーティン・スコセッシ、ジョン・カーペンターといった名監督たちがこぞって讃え、1973年、NYの「フィルムコメント」誌は“『2001年宇宙の旅』と並ぶ60年代の偉大なる革新的/神話的作品の一本”と記した。2012年、英国の「サイト&サウンド」誌が実施した世界の現役映画監督358人から募った【映画史上最も偉大な作品】アンケートでは44位につけ、西部劇ジャンルに限れば『捜索者』『リオ・ブラボー』、自身の『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』『ワイルドバンチ』など名だたる傑作を抑え、本作がトップに輝いた。
レオーネはこの作品の後、フランスで“ワンス・アポン・ア・タイム・ザ・レヴォリューション”(英訳)の題名で公開された『夕陽のギャングたち』(1971)、そして企画から完成まで十数年を要した畢生の大作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984)を発表し、5年後の1989年、60才で死去した。現在、本作以降の3作品は、レオーネの【ワンス・アポン・ア・タイム3部作】、または【アメリカ3部作】として映画史の中で語り継がれている。
日本初公開から50年、レオーネ生誕90年、没後30年、そして以前よりレオーネ作品への愛と敬意を公言していたクエンティン・タランティーノ監督が、本作のタイトルを引用した最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が公開される今年2019年、遂に『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』、2時間45分オリジナル版が日本初公開される。
今回上映される復元版は、フィルム・ファウンデーションとローマ映画祭、 そしてセルジオ・レオーネ プロダクションズ、パラマウント・ピクチャーズの援助によって制作された。
女は生きた。無法と決闘の時代を―。
大陸横断鉄道敷設によって新たな文明の波が押し寄せていた西部開拓期。ニューオーリンズから西部に嫁いできた元・高級娼婦のジル(クラウディア・カルディナーレ)は、何者かに家族全員を殺され、広大な荒地の相続人となった。莫大な価値を秘めたその土地の利権をめぐり、ジルは、鉄道会社に雇われた殺し屋フランク(ヘンリー・フォンダ)、家族殺しの容疑者である強盗団のボス、シャイアン(ジェイソン・ロバーズ)、ハーモニカを奏でる正体不明のガンマン(チャールズ・ブロンソン)らの熾烈な争いに巻き込まれていく―。
監督・原案・脚本:セルジオ・レオーネ
1929年1月3日、ローマ出身。日本でも公開記録のあるイタリアのサイレント映画『古塔』(1913)、『永劫の泉』(1917)、『燃ゆる血潮』(1918)などを手掛けたロベルト・ロベルティ(本名:ヴィンチェンツォ・レオーネ)監督と、それら作品の多くでコンビを組んだ女優ヴィーチェ・ワレリアンの間の一人息子として生まれる。十代後半からチネチッタ撮影所で働き始め、ヴィットリオ・デ・シーカ『自転車泥棒』(47)、ハリウッド大作『クォ・ヴァディス』(51)、『トロイのヘレン』(54)、『尼僧物語』(57)、『ベン・ハー』(58)などに助監督として参加。史劇大作『ポンペイ最後の日』(59)では途中降板したマリオ・ボンナルド監督を引き継いで作品を完成させ、翌年『ロード島の要塞』(60)で監督デビュー。伊仏米合作『ソドムとゴモラ』(62)ではロバート・アルドリッチ監督に請われ、第2班監督を務めた。
史劇ブームが去り、暇を持て余していたレオーネは、ちょうどローマで公開されていた黒澤明の時代劇『用心棒』(61)を下敷き(結果的に盗作問題に発展)に、西部劇を作ることを発案。TVシリーズ「ローハイド」(1959~65)に出演していた若き日のクリント・イーストウッドを主演にスペインでロケを行った。完成作品はハリウッド製西部劇に見せかけるため、自ら監督名をボブ・ロバートソンという変名でクレジット。小学校時代の同級生エンニオ・モリコーネが音楽を手掛けたこの低予算西部劇『荒野の用心棒』(64)は、戦後イタリア映画界の興収NO.1となる記録的ヒットとなり、以降約10年間にわたって世界中に吹き荒れたマカロニ・ウエスタン ブームの先駆けとなった。翌年すぐにイーストウッド主演の第2作『夕陽のガンマン』(65)、さらに翌年は『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(66)を連作。いずれも世界中で大ヒットを記録し、この名無しの賞金稼ぎ(The Man with No Name)を主人公にした3作品は【ドル3部作】(Dollars Trilogy)として映画史の中で語り継がれている。
次なる『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』(68)は、前3部作とはがらりとタッチを変え、西部開拓史に挑んだ壮大な野心作となった。大陸横断鉄道に象徴される文明の進歩と、移り変わる時代の中で滅び去っていくガンマンたちの姿を女性主人公の視点から描いた西部劇版『山猫』ともいうべきこの超大作は、アメリカでは極端なスローテンポと幾何学的な構成が当時全く理解されず、批評的、興行的に大失敗となった。しかし欧州各国では大成功を収め、特にフランス、パリの劇場では2年間に及ぶ超ロングランを記録。日本では『ウエスタン』の邦題で、1969年10月31日、新宿歌舞伎町にオープンした新宿プラザ劇場、翌11月30日、大阪の阪急プラザ劇場の開館記念作品として公開され、ヒットしたものの、批評的には黙殺同然だった。
製作に専念し、ピーター・ボグダノヴィッチやサム・ペキンパーに監督させるはずだった次作『夕陽のギャングたち』(71)は、結局自ら監督し、欧州のみでヒットし高く評価されたが、以降レオーネは長い沈黙に入る。13年後、執念の超大作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84)はカンヌ映画祭でプレミア上映され、絶賛されたが、全米公開時には大幅に短縮され興行も失敗。日本では新装開館となった有楽町マリオンの日本劇場でロードショーされてヒット。キネマ旬報洋画ベストワンに輝いた。その後ソ連との合作“900days”の企画を進めていたが、1989年4月30日、心臓疾患により60才で死去。葬儀ではエンニオ・モリコーネ自らオルガンで『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』のテーマを演奏した。レオーネは今、ローマ近郊のプラティカ・デ・マーレの墓地に眠っている。
//  監督作品  //
『ロード島の要塞』(60)、『荒野の用心棒』(64)、『夕陽のガンマン』(65)、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(66)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』(68)、『夕陽のギャングたち』(71)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84/遺作)
//  製作作品(日本公開作のみ)  //
『ミスター・ノーボディ』(73)、『ミスター・ノーボディ2』(75/DVD発売)
この作品の成り立ちと現在までの経緯
セルジオ・レオーネ監督は、クリント・イーストウッド主演『荒野の用心棒』(64)、『夕陽のガンマン』(65)、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(66)と続いた【ドル3部作】の大ヒットによって全世界にマカロニ・ウエスタン・ブームを巻き起こし、当時世界屈指のヒットメイカーとなった。3部作を全米配給したユナイトは、さらに新たな西部劇をレオーネにオファーしたが、西部劇に飽き飽きしていたレオーネは、ギャングスター大作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』の企画にこだわり、両者の交渉は決裂。そこに新たな出資者が現れる。パラマウントの親会社「ガルフ・アンド・ウェスタン」のチャールズ・ブルドーンはレオーネの才能を高く買い、ヘンリー・フォンダの出演と過去最大級の製作費を用意するのでもう一本だけ西部劇を、とオファー。 フォンダの大ファンだったレオーネはその申し出を断れず、同時に『ワンス~イン・アメリカ』の企画開発も進めることになる。

名無しの賞金稼ぎを主人公にした【ドル3部作】とは大きく方向性を変え、西部劇への個人的な想いと憧れを反映させようと目論んだレオーネは、それまで組んできた脚本家を一新。当時映画評論家だったダリオ・アルジェント、『続・夕陽のガンマン』を初日に見に来た、当時まだ一本もヒット作がなかったベルナルド・ベルトルッチ監督と3人がかりでアイディアを練ることに。3人はそれまで見てきた『真昼の決闘』『大砂塵』『捜索者』『シェーン』『荒野の七人』『アイアン・ホース』など、お気に入りの西部劇やその名場面を数か月にわたって語り合った。その結果、主人公はベルトルッチの進言により女性となり、大陸横断鉄道に象徴される文明の進歩によって、西部の世界から夢とロマンが失われていく物語が形を取り始めた。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』(イタリア語原題は、“かつて、西部があった”)と名付けられたこの物語は、レオーネが敬愛するヴィスコンティの巨篇『山猫』の西部劇版ともいうべき、滅びゆく世界への挽歌となった。

しかし原案を脚本化しようとした段階でアルジェントとベルトルッチは途中離脱。レオーネは『夕陽のガンマン』2部作をノン・クレジットで執筆協力したセルジオ・ドナーティを新たに雇い、ドナーティはそれまでのアイディアと自ら考えたキャラクターをまとめ、25日間で脚本を完成させた。イタリア語で書かれた脚本は、『続・夕陽のガンマン』に続き、赤狩りによってヨーロッパに逃れて来た元俳優、ミッキー・ノックスが英訳した。
『荒野の用心棒』30万ドル、『夕陽のガンマン』60万ドル、そして『続・夕陽のガンマン』の製作費は130万ドルと倍々に膨れ上がっていたが、本作ではそれらをはるかに超える300万ドルという破格の予算が組まれた。60年代末、英語圏外の監督が、合作とはいえこれだけの予算を任されたハリウッド大作はかつてなかった。予算の内150万ドルはキャストへの出演料に充てられたが、残りのほとんどは、舞台となる町や駅の美術費に充てられた。レオーネの右腕、美術監督カルロ・シーミは、テキサス州エル・パソの古い写真を元に舞台となるフラッグストーンの町を丸ごと作り上げ、また膨大な出演者たちの衣装をデザインした。

撮影は1968年4月、チネチッタ撮影所に作られた屋内セットから始まり、続いてスペインのアルメリアとグラナダでのロケ、そして7月、レオーネ初のアメリカ・ロケ、モニュメント・ヴァレーでの撮影を済ませて終了した。撮影現場ではエン二オ・モリコーネがあらかじめ作曲/録音していた各シーンの音楽が流され、キャストたちはその曲に合せて演技し、撮影のトニーノ・デッリ・コッリもその曲調に合わせて滑らかにクレーンや移動撮影を行った。
イタリアでは1968年12月に公開され、『続・夕陽のガンマン』の興収約32億リラに対し、25億リラと及ばなかったが同年度の興収3位。ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞・作品賞を受賞し、高く評価された。フランスでは翌69年8月に公開され、凄まじいヒットを記録。パリでは2年間に及ぶロングランとなり、現在もフランスの歴代動員トップテン内に留まっている。アメリカでは69年5月に公開されたが、不評のため2時間45分のオリジナル版を20分カットされ、興収100万ドルという失敗に終わった。
我が国では『ウエスタン』の邦題で1969年10月31日から新宿・歌舞伎町にオープンした新宿プラザ劇場、11月30日、大阪にオープンした阪急プラザ劇場の開館記念作品として公開された。新館オープンの話題と前年公開『さらば友よ』で爆発したチャールズ・ブロンソン人気によってヒットしたが、その版はアメリカ公開版よりもさらに短い2時間21分だった。同年度のキネマ旬報ベストテン、西部劇ジャンルの作品評価はどうだったかといえば、25位『ワイルドバンチ』、38位『レッド・ムーン』、41位『大いなる男たち』の後塵を拝し、『ウエスタン』は得票1点で64位。同点最下位は『ハロー・ドーリー!』と『ペンチャー・ワゴン』だった。
日本での不評は、レオーネが【ドル3部作】とは作品の方向性を変えた意図が批評家やファンにまったく理解されなかったこと、さらにその頃「アメリカン・ニューシネマ」が大きなブームになりつつあり、西部劇というジャンル自体が急速に人気と注目度を失っていたことも大きかったと思われる。1972年、レオーネのさらなる超大作『夕陽のギャングたち』が日本公開されるも興行的に大敗。この作品以降、我が国では若い批評家たちが散発的にレオーネ作品擁護の評を記すようになっていく。だが多くの批評家たちからは相変わらず無視され続け、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』が1984年度キネマ旬報ベストワンになった際も、過去作が顧みられたり、再評価されることはなかった。

海外でのレオーネ作品の評価が大きく変わるきっかけとなったのは、ロンドン王立美術大学の学長で批評家のサー・クリストファー・フレイリングが著した世界初のマカロニ・ウエスタン研究書「SPAGHETTI WESTERNS:Cowboys and Europeans from Karl May to Sergio Leone 」(1981)、さらにそれに続く著書で日本でも翻訳が出た「セルジオ・レオーネ‐西部劇神話を撃ったイタリアの悪童」(2000/フィルムアート社刊)によるところが大きい。後者ではルーカス、スピルバーグ、スコセッシ、カーペンター、ジョージ・ミラー、ジョン・ウー、そして後に『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズを監督するツイ・ハークら、世界各国の映画監督たちがいかにレオーネ作品から影響を受けていたかが記されていた。
それと前後して『パルプ・フィクション』(1984)でカンヌ映画祭パルムドールを受賞したクエンティン・タランティーノ監督が、ことあるごとにレオーネ作品とエンニオ・モリコーネの音楽、そしてマカロニ・ウエスタンというジャンルを絶賛する発言を繰り返していた。近作『ジャンゴ 繋がれざる者』(12)、続く『ヘイトフル・エイト』(15)では西部劇に挑戦し、後者ではレオーネの盟友であるモリコーネに作曲を依頼、見事アカデミー作曲賞を獲らせるという快挙に至った。

2018年10月10日、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』のフランス初公開50年に先駆け、パリのシネマテーク・フランセーズが企画展「かつて、セルジオ・レオーネがいた」を開催(翌年2月4日まで)。会場では本篇の修復を担当したチネテカ・ボローニャの代表ジャン・ルカ・ファリネッリとフレイリングの共著による図録兼研究書「セルジオ・レオーネ革命」が発売された。年明けの2019年1月末には、イタリアBEAT RECORDSから50周年記念リマスター・サントラ盤CDが発売。
そして5月21日、前記サー・フレイリングの数十年にわたる調査、研究の総決算ともいうべきハードカバー335ページの大著「ONCE UPON A TIME IN THE WEST:Shooting a Masterpiece」(REEL ART PRESS刊 )が全世界で一斉発売。巻頭12ページに及ぶ長大な序文を記したのはタランティーノで、その中でタランティーノは“セルジオ・レオーネこそイタリア映画界で最も偉大な映画監督であり、フィルム・スタイリストでありストーリーテラーである”と言い切り、“『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』を見ること自体が映画学校に通うようなことで、この映画を見て映画監督になろうと思った”と語っている。

奇しくも同書が発売された5月21日同日、カンヌ映画祭ではタランティーノが本作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』の題名を引用した最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』がプレミア上映され、超満員の会場は終映後、大喝采に沸いた。そして7月26日、全米公開された『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は週末3日間興収4035万ドルを記録し、タランティーノ作品歴代No.1の大ヒットスタートを切った。その約1か月後の8月30日には『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』日本公開。そしてまたその約1か月後の9月27日、映画史において『ワンス・アポン~』と名付けられた作品の先駆けであるセルジオ・レオーネ監督作品『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』、2時間45分のオリジナル版が日本初公開される。

  • 荒地を相続した未亡人【ジル・マクべイン】
    クラウディア・カルディナ―レ
    1938年4月15日、チュニジア出身。美人コンテストで入賞し、映画界入り。1960年代、CCの愛称は世界中に知れ渡った。代表作:『刑事』(59)、『汚れなき抱擁』『若者のすべて』(60)、『鞄を持った女』(61)、『ピンクの豹』『8 1/2』『山猫』(63)、『ブーベの恋人』(64)、『熊座の淡き星影』(65)、『SOS北極.../赤いテント』(70)、『華麗なる対決』(71)、『ラ・スクムーン』(72)、『家族の肖像』(74)、『フィツカラルド』(82)など。現在も現役。
  • 冷酷非道の殺し屋【フランク】
    ヘンリー・フォンダ
    1905年5月16日、ネブラスカ州出身。ジョン・フォード監督作『怒りの葡萄』(40)、『荒野の決闘』(46)、『ミスタア・ロバーツ』(55)などで名を上げる。代表作:『十二人の怒れる男』(57)、『ワーロック』(59)、『野望の系列』(61)、『史上最大の作戦』『西部開拓史』(62)、『バルジ大作戦』(65)、レオーネ製作『ミスター・ノーボディ』(73)など。娘ジェーンが企画、共演した『黄昏』(81)でアカデミー主演男優賞を受賞。1982年8月、77才で死去。
  • 強盗団のボス【シャイアン】
    ジェイソン・ロバーズ
    1922年7月26日、シカゴ出身。『大統領の陰謀』(76)と『ジュリア』(77)で2年連続アカデミー助演男優賞を受賞。代表作:『テキサスの五人の仲間』(65)、『聖バレンタインの虐殺/マシンガン・シティ』『墓石と決闘』(67)、『裸足のイサドラ』(68)、『砂漠の流れ者』『トラ・トラ・トラ!』(70)、『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』(73)、『フィラデルフィア』(93)、『ザ・ペーパー』(94)、『マグノリア』(99)など。2000年12月、78才で死去。
  • 正体不明のガンマン【ハーモニカ】
    チャールズ・ブロンソン
    1921年11月3日、ペンシルヴェニア州出身。本作公開後の翌1970年、男性用化粧品マンダムのCMで人気爆発。代表作:『荒野の七人』(60)、『大脱走』(63)、『さらば友よ』(68)、『雨の訪問者』『狼の挽歌』『夜の訪問者』(70)、『レッド・サン』(71)、『バラキ』『チャトズ・ランド』『メカニック』(72)、『シンジケート』(73)、『狼よさらば』(74)、『軍用列車』『ストリートファイター』(75)、『テレフォン』(77)など。2003年8月、81才で死去。
  • 重病を患う鉄道王【モートン】
    ガブリエレ・フェルゼッティ
    1925年3月17日、ローマ出身。ミケランジェロ・アントニオーニ監督『情事』(60)に主演し、国際的な注目を集める。代表作:『純愛』(51)、『三月生まれ』(58)、『マンハッタンの哀愁』(65)、『天地創造』(66)、『悪い奴ほど手が白い』(67)、『女性上位時代』(68)、『ガラスの墓標』『告白』『俺はプロだ!』『さらば恋の日』『女王陛下の007』『明日よさらば』(69)、『愛の嵐』(74)、『ミラノ、愛に生きる』(09)など。2015年12月、90才で死去。
荒地を相続した未亡人【ジル・マクべイン】
クラウディア・カルディナ―レ
1938年4月15日、チュニジア出身。美人コンテストで入賞し、映画界入り。1960年代、CCの愛称は世界中に知れ渡った。代表作:『刑事』(59)、『汚れなき抱擁』『若者のすべて』(60)、『鞄を持った女』(61)、『ピンクの豹』『8 1/2』『山猫』(63)、『ブーベの恋人』(64)、『熊座の淡き星影』(65)、『SOS北極.../赤いテント』(70)、『華麗なる対決』(71)、『ラ・スクムーン』(72)、『家族の肖像』(74)、『フィツカラルド』(82)など。現在も現役。
冷酷非道の殺し屋【フランク】
ヘンリー・フォンダ
1905年5月16日、ネブラスカ州出身。ジョン・フォード監督作『怒りの葡萄』(40)、『荒野の決闘』(46)、『ミスタア・ロバーツ』(55)などで名を上げる。代表作:『十二人の怒れる男』(57)、『ワーロック』(59)、『野望の系列』(61)、『史上最大の作戦』『西部開拓史』(62)、『バルジ大作戦』(65)、レオーネ製作『ミスター・ノーボディ』(73)など。娘ジェーンが企画、共演した『黄昏』(81)でアカデミー主演男優賞を受賞。1982年8月、77才で死去。
強盗団のボス【シャイアン】
ジェイソン・ロバーズ
1922年7月26日、シカゴ出身。『大統領の陰謀』(76)と『ジュリア』(77)で2年連続アカデミー助演男優賞を受賞。代表作:『テキサスの五人の仲間』(65)、『聖バレンタインの虐殺/マシンガン・シティ』『墓石と決闘』(67)、『裸足のイサドラ』(68)、『砂漠の流れ者』『トラ・トラ・トラ!』(70)、『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』(73)、『フィラデルフィア』(93)、『ザ・ペーパー』(94)、『マグノリア』(99)など。2000年12月、78才で死去。
正体不明のガンマン【ハーモニカ】
チャールズ・ブロンソン
1921年11月3日、ペンシルヴェニア州出身。本作公開後の翌1970年、男性用化粧品マンダムのCMで人気爆発。代表作:『荒野の七人』(60)、『大脱走』(63)、『さらば友よ』(68)、『雨の訪問者』『狼の挽歌』『夜の訪問者』(70)、『レッド・サン』(71)、『バラキ』『チャトズ・ランド』『メカニック』(72)、『シンジケート』(73)、『狼よさらば』(74)、『軍用列車』『ストリートファイター』(75)、『テレフォン』(77)など。2003年8月、81才で死去。
重病を患う鉄道王【モートン】
ガブリエレ・フェルゼッティ
1925年3月17日、ローマ出身。ミケランジェロ・アントニオーニ監督『情事』(60)に主演し、国際的な注目を集める。代表作:『純愛』(51)、『三月生まれ』(58)、『マンハッタンの哀愁』(65)、『天地創造』(66)、『悪い奴ほど手が白い』(67)、『女性上位時代』(68)、『ガラスの墓標』『告白』『俺はプロだ!』『さらば恋の日』『女王陛下の007』『明日よさらば』(69)、『愛の嵐』(74)、『ミラノ、愛に生きる』(09)など。2015年12月、90才で死去。
【原案】
ベルナルド・ベルトルッチ
1941年3月16日、パルマ出身。ピエル・パオロ・パゾリーニ監督原案の『殺し』(62)で監督デビュー。第2作『革命前夜』(64)が興行的に失敗し、仕事のない日々が続いたが、『続・夕陽のガンマン』(66)を初日に見に行った折、アルジェントの紹介でレオーネと知り合い、本作に参加。『ベルトルッチの分身』(68)、『暗殺のオペラ』(70)に次いで発表した『暗殺の森』(70)は世界各国で高く評価された。大胆な性描写に賛否が渦巻いた『ラストタンゴ・イン・パリ』(72)は、イタリアでその年興収NO.1大のヒットに。イタリア現代史に挑んだ5時間16分の超大作『1900年』(76)は、日本では1982年に世界初の第1部、第2部の一挙上映がなされた。『ルナ』(79)を挟み、清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀の生涯を描いた『ラストエンペラー』(87)を監督。アカデミー作品賞、監督賞ほか9部門を受賞し、イタリア人監督として初めてオスカーを手にした。その後『シェルタリング・スカイ』(90)、『リトル・ブッダ』(93)、『魅せられて』(96)、『シャンドライの恋』(98)、『ドリーマーズ』(03)を発表。『孤独な天使たち』(12)が遺作となり、2018年11月、77才で死去。
【原案】
ダリオ・アルジェント
1940年9月7日、ローマ出身。高校卒業後、新聞の映画評で『荒野の用心棒』や『夕陽のガンマン』を絶賛し、レオーネの知己を得る。『野獣暁に死す』『地獄の戦場コマンドス』(68)、『五人の軍隊』(69)などの脚本を執筆後、猟奇サスペンス『歓びの毒牙(きば)』(70)で監督デビュー。以後『わたしは目撃者』『4匹の蝿』(71)、『サスぺリアPART2』(75)を連作。『サスペリア』(77)が大ヒットし、一躍その名は世界的に。代表作に『インフェルノ』(80)、『シャドー』(82)、『フェノミナ』(84)、『オペラ座/血の喝采』(88)、『トラウマ/鮮血の叫び』(92)、『スタンダール・シンドローム』(96)、『スリープレス』(01)、『サスペリア・テルザ 最後の魔女』(07)、『ジャーロ』(09)、『ダリオ・アルジェントのドラキュラ』(12)など。『ゾンビ』(78)日本初公開版はアルジェント監修版だった。
【脚本】
セルジオ・ドナーティ
1933年4月13日、ローマ出身。レオーネの『夕陽のガンマン』(65)、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(66)の脚本にノン・クレジットで協力。本作と『夕陽のギャングたち』(71/ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ、レオーネと共同執筆)の2作品で脚本家としてクレジットされた。前記ヴィンチェンツォーニとは『オルカ』(77)や『アーノルド・シュワルツェネッガー/ゴリラ』(86/原案)など、多くの作品でコンビを組んでいる。その他担当作品に『必殺の歓び』(66)、『血斗のジャンゴ』『復讐のガンマン』(67)、『華麗なる復讐』『栄光の北アフリカ戦線』(73/未)、『オニオン流れ者』(75)、『悪魔が最後にやって来る!』(77)、『ドクター・モリスの島/フィッシュマン』(79)、『ビッグ・ファイター』(87)、『恐怖の航海/アキレ・ラウロ号事件』(90/TVM)など多数。
【撮影監督】
トニーノ・デッリ・コッリ
1923年11月20日、ローマ出身。『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(66)、本作、そして『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84)と3本のレオーネ作品を手掛けた。2019年1月、全米撮影監督協会(ASC)は、同協会100周年を記念し、優れた撮影技術を遺した20世紀の100作品を発表したが、その1本に本作も選ばれた。1938年、チネチッタ撮影所に入所。撮影監督に昇格後、ピエル・パオロ・パゾリーニ監督『アッカトーネ』(61)で注目を集め、以降パゾリーニ監督作『マンマ・ローマ』(62)、『ロゴパグ』(63)、『奇跡の丘』『愛の集会』(64)、『大きな鳥と小さな鳥』(66)、『豚小屋』(69)、『デカメロン』(70)、『カンタベリー物語』(71)、『ソドムの市』(75)を手掛けた。『薔薇の名前』(86)、後期フェリーニ監督作『ジンジャーとフレッド』(85)、『インテルビスタ』(87)、『ボイス・オブ・ムーン』(90)やロマン・ポランスキー監督作『赤い航路』(92)、『死と処女(おとめ)』(95)の撮影も名高い。最後の担当作は『ライフ・イズ・ビューティフル』(97)。2005年8月、81才で死去。
【美術・衣装】
カルロ・シーミ
1924年11月7日、トスカーナ出身。レオーネ監督の5作品『荒野の用心棒』(64)、『夕陽のガンマン』(65)、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(66)、本作、そして『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84/ナストロ・ダルジェント賞=イタリア映画記者組合賞・美術賞受賞)の美術監督と衣装を担当。その他主要作品に『ミネソタ無頼』(65)、『続・荒野の用心棒』『リンゴ・キッド』(66)、『復讐のガンマン』『血斗のジャンゴ』(67)、『西部悪人伝』(69)、『非情の標的』(73)、『ミスター・ノーボディ2』(75/未)、『ケオマ・ザ・リベンジャー』(76/未)、『カリフォルニア~ジェンマの復讐の用心棒』(77/未)、『ビッグ・ファイター』(86)などがある。『ジャズ・ミー・ブルース』(91)ではダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞・美術賞を受賞。2000年11月、76才で死去。
【編集】
ニーノ・バラーリ
1926年10月1日、ローマ出身。レオーネ作品は『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(66)、本作、『夕陽のギャングたち』(71)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84)の4作品と、レオーネ製作『ミスター・ノーボディ』(73)、『ミスター・ノーボディ2』(75/未)を担当。その他『狂った夜』(59)、『残酷な夜』『汚れなき抱擁』(60)、『アッカトーネ』(61)、『マンマ・ローマ』(62)、『ロゴパグ』(63)、『ブーベの恋人』『奇跡の丘』(64)、『続・荒野の用心棒』『大きな鳥と小さな鳥』『黄金の七人』(66)、『華やかな魔女たち』『アポロンの地獄』(67)、『テオレマ』(68)、『豚小屋』『王女メディア』『彼女と彼』(69)、『狼の挽歌』『わが青春のフロレンス』(70)、『死刑台のメロディ』『愛すれど哀しく』『デカメロン』(71)、『エロスの詩』(73)、『ソドムの市』(75)、『カリギュラ』(79)、『ジンジャーとフレッド』(86)、『インテルビスタ』(87)、『ボイス・オブ・ムーン』(90)、『ジョニーの事情』『エーゲ海の天使』(91)、『鯨の中のジョナ』(93)などがある。2013年、86才で死去。
【音楽作曲・指揮】
エンニオ・モリコーネ
1928年11月10日、ローマ出身。小学校時代の同級生、セルジオ・レオーネが監督したマカロニ・ウエスタン『荒野の用心棒』(64)の作曲を手掛け、そのテーマ曲「さすらいの口笛」が全世界で大ヒットし、一躍名を上げる。以後レオーネとのコンビ作『夕陽のガンマン』(65)、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(66)、本作、『夕陽のギャングたち』(71)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84)まで6作品を担当した。ジュゼッペ・トルナトーレ監督『ニュー・シネマ・パラダイス』(88)のテーマは、我が国で最も親しまれているモリコーネ音楽として、今なおTVやラジオから聞こえてこない日はない。『天国の日々』(78)、『ミッション』(86)、『アンタッチャブル』(87)、『バグジー』(91)、『マレーナ』(00)で5回アカデミー作曲賞にノミネート。クエンティン・タランティーノ監督『ヘイトフル・エイト』(15)で遂に初受賞を果たした。1960年代から現在までに430本を超える映画/TVの作曲を手掛けているが、その中には本作の原案ベルナルド・ベルトルッチ監督作『1900年』(76)他4本、ダリオ・アルジェント監督作『歓びの毒牙〈きば〉』(70)他4本も含まれる。池田満寿夫監督『エーゲ海に捧ぐ』(79)では初めて日本映画の音楽を担当。NHK大河ドラマ『武蔵 MUSASHI (03)の音楽も大きな話題を集めた。2004年6月、2005年10月には東京と大阪で来日コンサートを開催。『続・夕陽のガンマン』のロケ地を題材にしたドキュメンタリー『サッドヒルを掘り返せ』(17)ではインタビューに応える姿が映し出された。
キャスト
ジル・マクベイン:クラウディア・カルディナーレ
フランク:ヘンリー・フォンダ
シャイアン:ジェイソン・ロバーズ
ハーモニカ:チャールズ・ブロンソン
モートン:ガブリエレ・フェルゼッティ
スネイキー:ジャック・イーラム
ストーニー:ウディ・ストロード
ナックルズ:アル・ムロック
ブレット・マクベイン:フランク・ウルフ
サム:パオロ・ストッパ
交易所の主人:ライオネル・スタンダー
保安官:キーナン・ウィン

スタッフ
監督:セルジオ・レオーネ
原案:ダリオ・アルジェント、ベルナルド・ベルトルッチ、セルジオ・レオーネ
脚本:セルジオ・ドナーティ、セルジオ・レオーネ
英語台詞:ミッキー・ノックス
製作:フルヴィオ・モルセッラ
製作総指揮:ビーノ・チコーニャ
撮影監督:トニーノ・デッリ・コッリ
美術・衣装:カルロ・シーミ
編集:ニーノ・バラーリ
音楽作曲・指揮:エンニオ・モリコーネ
ハーモニカ演奏:フランコ・デ・ジェミニ
口笛:アレッサンドロ・アレッサンドローニ
ヴォーカル:エッダ・デロルソ
CAST
Jill Mcbain:CLAUDIA CARDINALE
Frank:HENRY FONDA
Cheyenne:JASON ROBARDS
Harmonica:CHARLS BRONSON
Morton:GABRIELE FERZETTI
Snaky:JACK ELAM
Stony:WOODY STRODE
Knuckles:AL MULLOCH
Brett Mcbain:FRANK WOLFF
Sam:PAOLO STOPPA
Bartender:LIONEL STANDER
Sheriff:KEENAN WYNN

FILMMAKERS
Directed by SERGIO LEONE
Story by DARIO ARGENTO, BERNARDO BERTOLUCCI, SERGIO LEONE
Screenplay by SERGIO DONATI, SERGIO LEONE
English Dialogue MICKEY KNOX
Produced by FULVIO MORSELLA
Executive Producer BINO CICOGNA
Director of Photography TONINO DELLI COLLI
Sets & Costumes by CARLO SIMI
Edited by NINO BARAGLI
Music Composed & Conducted by ENNIO MORRICONE
Harmonica FRANCO DE GEMINI
Whistle ALESSANDRO ALESSANDRONI
Vocal EDDA DELL'ORSO
◇パラマウント・ピクチャーズ提供/セルジオ・レオーネ作品/ラフラン-サン・マルコ制作
◇PARAMOUNT PICTURES Presents/a SERGIO LEONE Film/a RAFRAN-SAN MARCO Production

【1968年|伊・米合作|カラー|スコープサイズ|5.1ch|DCP|上映時間:2時間45分|
初公開時邦題:『ウエスタン』|伊語原題:C'ERA UNA VOLTA IL WEST (かつて、西部があった)】

■配給:アーク・フィルムズ boid インターフィルム■ 後援:イタリア大使館 イタリア文化会館
©1968 by PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. All Rights Reserved.
順不同・敬称略
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』を見て映画監督になろうと思った。この作品自体が自分にとっての映画学校だった。
クエンティン・タランティーノ監督
列車とともにやってくる映画史上最もかっこいい男と女。琴線に触れまくり、打ち震えるその到着と旅立ち。これぞ悠久なるレオーネ・ワールドの到達点。映画とは何か? これはその質問への完璧なる回答。映画館のスクリーンとはこの映画をかけるためにある
江戸木純
映画評論家
ウエスタンのケレン大全、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』。映画の粋(息)は、チャールズ・ブロンソンのハモニカだ!ハモニカにここまで命を吹き込んだモリコーネに喝采!!
滝本誠
評論家
フェリーニ、アントニオーニ、ヴィスコンティ、パゾリーニ、ロージ、ベルトルッチら並み居る映画芸術家たちに勝るとも劣らぬ美学をみなぎらせたイタリア娯楽映画界の異端児セルジオ・レオーネが、持てる芸術的造形力の極点を示した前人未到の映像モニュメント。本家アメリカとイタリア西部劇の枠組みを超越した〝レオーネ・ウェスタン〟の結晶にして、ほとんど〝無限〟を知覚させる巨大な情念のスペクタクルであると同時に、それは、今はなきアメリカ西部の〝山猫〟たちに万感の想いを込めて捧げた哀悼の映画詩
渡部幻
映画評論家
僕の一番好きな映画です。映画の素晴らしさが全て詰まっています。一つ一つのシーンを思い出すだけで、うっとりしてしまいます
田中哲司
俳優
死と関連する何かを抱えた男たちと西部一ピュアなあばずれを描く傑作、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』オリジナル版が日本初(フォー・ザ・ファースト・タイム・イン・ジャパン)上映。奇跡/快挙!!
鬼塚大輔
映画評論家/フィルムアート社刊「セルジオ・レオーネ 西部劇神話を撃ったイタリアの悪童」翻訳家
とてつもなく面白く、心に残り、そして詩的な、西部劇への頌歌。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト」はガンマン映画の最高傑作だ。目が眩むほど素晴らしい演技に負けないほどに、力強い復讐のハーモニカの調べが魂を貫く
ピーター・トライアス
作家「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」「メカ・サムライ・エンパイア」:早川書房刊、両作とも星雲賞受賞
クローズアップで捉えた男たちの視線、時代の境界に向き合う女の美しき立ち姿、そして現在の映画作りでは描けない時間感覚(タランティーノを除く)に、「かつてこんな映画があったのだ」と改めて気づかされた。やはりセルジオ・レオーネの画、音、空気の流れ方はスクリーンで味わってこそ、なのだ。
松江哲明
ドキュメンタリー監督
赤茶色の岩山を背景に、クラウディア・カルディナーレが馬車に乗り、疾走する。
そのシーンに涙が止まらなかった。モリコーネの音楽が素晴らしいこともあるだろう。
しかし、ただそれだけのシーンに、なぜ? それはきっとスクリーンで見る者にしかわからない。
初めてこの作品に出会うのがスクリーンで、本当に幸運だと思った
桜井雄一郎
デザイナー/映画雑誌「南海」編集人
『2001年宇宙の旅』と並ぶ、60年代の偉大なる革新的/神話的作品の一本。
リチャード・T・ジェーミスン「フィルムコメント」誌(1973年3・4月号)
レオーネは、そのバロック的、劇画的なスタイルを押し広げ、西部劇神話をめぐる数々のテーマの変奏と幾何学的な物語を織り込んだ、真に巨大な傑作を放った。
デイヴ・カー「シカゴリーダー」誌
この作品は流行とは無縁の場所で生まれる種類の傑作だ。最高の、そして最後の西部劇なのだ。
ジョン・ブアマン監督
私はもう西部劇を見たくない。この作品が最後のものだ。技巧の到達点だ。
ヴィム・ヴェンダース監督
これは凄い映画だ。そう感じたのは『戦場にかける橋』を見て以来のことだった。
ジョン・ミリアス監督
壮大で狂ったウエスタン・オペラ。まったく美しい。
ジョン・カーペンター監督
私のもっとも愛するレオーネ作品だ。
ベルナルド・ベルトルッチ監督